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同性愛、江戸時代までの恋愛事情、教科書では語れない歴史



同性愛、江戸時代までの恋愛事情、教科書では語れない歴史
 


大名の近くで身の回りの世話をする男の事を小姓という。小姓の主な仕事は大名の近くにいて、様々な雑務を行っていた。

 

 

 

小姓の驚くべき仕事

 

 

性の世話もしていた。

 

 

いわゆる身体の関係があった。小姓は大名の近くにいたので、小姓になる事は出世するための近道でもあった。また、大名にとっては、部下の体に快楽を覚えさせ、惚れさせれば、相手は自分の意のままに動いてくれる。部下が裏切らないためには、身体の関係を結んで親密な関係をつくる事は有効手段だったようだ。
 

 

 

武士の時代の恋愛観


このように武士のトップが堂々と同性愛をしていたのだから、社会全体に同性愛は浸透していた。江戸時代までの日本は同性愛に寛容な社会だと言える。
 


特に武士の世界では、基本的に男の社会なので、男しかいないので必然的にその中で、性の処理も行われる。恋愛の対象が男になるのは当然の流れと言えよう。日本社会は伝統的に同姓と異性が恋愛の対象という社会であった。
 


仏教の世界では基本的に坊さんは結婚してはいけない。また、女性と性的関係を結ぶ事も許されていなかった。だが、男と性的関係を結ぶ事は許されており、必然的に同性が性処理の対象になってしまう。
 

 

 

近代以降の恋愛観


同性愛に寛容な日本社会であったが、近代以降は欧米の思想の影響を受けて、同性愛はいけない事になり、差別や偏見で見られる様になった。
 


現在は徐々にではあるが、個人の自由という観点から、同性愛は認められるつつある。

 


歴史語句
江戸時代→1600年の関ヶ原の戦いから1867年の大政奉還まで。徳川氏が日本を支配した時代。

 


教科書に載せたい歴史
江戸時代までの日本社会では、同性愛が寛容に認められていた。

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