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石見銀山の歴史と世界史に与えた影響について!世界遺産に興味ある人必見

JUGEMテーマ:世界遺産(国内)

 

石見銀山の歴史と世界史に与えた影響について!世界遺産に興味ある人必見

 

16世紀末から17世紀にかけて、世界の銀の3分の1を産出したとされる日本。

 

その中心となったのが石見銀山である。


歴史
石見銀山は14世紀に大内氏によって発見され、その後、16世紀に発展を遂げる。

戦国時代には大内、尼子、毛利の間で、石見銀山の争奪戦が行われる。

 

毛利氏と石見銀山
中国地方では石見銀山を手に入れた尼子氏が急速に勢力を拡大していた。

 

尼子氏の巨大な軍事力を支えていたものは石見銀山の力による所が大きい。

石見銀山の重要性に気づいていた毛利元就は執拗に何度も、尼子氏が支配する石見銀山を攻撃をしかけ、最終的には毛利元就が石見銀山の制圧に成功する。


その後、毛利氏は急速に勢力を拡大して、中国地方の覇者として君臨する。

毛利氏の中国地方制圧の力は石見銀山による所が大きい。

 

徳川家と石見銀山
関ヶ原の戦いを制した徳川家康は敗軍の総大将毛利氏に対して、石見銀山と領土の大部分の割譲を要求した。

 

毛利氏はお家の存続のために徳川家康の要求を受け入れるしか方法は残されていなかった。

石見銀山は幕府の直轄地となり、幕府を支える財源になった。


オランダの発展と石見銀山
幕府との貿易をほぼ独占したのがオランダである。

 

オランダは幕府との貿易で手に入れた銀によって、イギリスと並んで、世界屈指の商業大国として発展する。

 

最盛期には世界銀の3分の1が日本で採掘された銀であった。

 

その後、幕府が銀の輸出を制限した事が影響し、オランダの衰退が始まり、イギリスが世界1の強国として君臨していくきっかけとなった。


石見銀山で採掘された銀が世界に影響を与えた事例である。


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先生 | 世界遺産 | 20:59 | comments(0) | - |

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